無職である、独身である。人生何度目かのスゴロクは始まったばかり。見ていきなせぇ笑いなせぇ。あきらめるのはまだ早い。 、、、の第二部 すっかり無職でなくなったおれっちの、右も左もわからねえ金融業界裸一貫進む様、とくとご覧あれ!
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こうなった経緯について その1
さて、現在社会とのつながりを持たぬ状態である私であるが、ここにいたるまでにはそれなりの理由がある。しかしながらこうなった経緯についてはいまだ自分の中でも消化しきれていない部分があり、詳細を話すことははばかられるので、ここはひとつざっくりと。

現在、つまり2007年8月上旬、私はニートである。しかしながら少なくとも2007年のはじめまでは20代前半に抱いた夢を追いかける一人の夢追人であった。
夢の達成というものはえてして自らの実力以上の努力や能力を必要とするものである。私はそれまでの7年間非才なる我が身にあえて目をつぶり研鑽を重ねてきた。いやそのつもりであった。
実力以上の努力や能力を続けるにはやはり並外れた精神力が必要となる。それは初志を貫徹するための意志力とでも言うものかもしれない。私にはその強い精神力に弱点を抱えていた。7年間で精神の中に鬱積した歪は2007年についに表面化し、私はめでたくうつ病を患った。
日々悪化する病状との戦いはあえて書くまい。心と身体は常に密接につながっており、心の病は当然のごとく体を蝕み、ついに2ヶ月前、私は廃人のようになって実家へと帰ることになったのである。
帰ってからの約一ヶ月、私は千葉のとある漁村で日々を過ごした。東京では主に病院に通った。漁村での日々は私の爛れた心と身体を癒すのには最適であった。

日の出とともに起床し、日中は野良仕事に汗を流し、太陽をいっぱいに浴びて日の入りとともに床に就く。
単純だが、おそらくこれ以上の治療法は無かったに違いない。7月初旬には身体の方はほとんど回復したように思える。とまらぬ咳にはいまだ悩まされているが、それが治るのも時間の問題であると思う。

7月の頭より私は少しづつであるが両親以外の人間と会う努力をするようになった。いまだに大勢の人間にいっぺんに会う勇気はわかないが、個人であればパニックに陥ることも無く会えるようになった。

この時まさに、私は自分が新しいスゴロクの振り出しに倒れていたのだと知ったのである。

以前のスゴロクが崩壊し、もはやこれまでと倒れて何も見ようとはしなかった私が、ふと顔を上げてみると見知らぬスゴロクのスタート地点にいつの間にか置かれていたのだ。
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コメント
この記事へのコメント
はじめまして。
何かに誘われるかのようにランキングから飛んで来ました。
ニートマンさんと自分の境遇に共通点が多くてびっくりしています。
このブログは文章表現が練られていて、内容がとても濃いですね。
もっと読みたいと思いました。
また遊びにきますね☆
2007/08/08(水) 00:18:44 | URL | はめちゃん #-[ 編集]
はじめまして
コメントありがとうございます!
ブログ読ませていただきました。イヤー、共通点、多いですねえ。ビックリです!
自分ひとりじゃない、って言うのはなんだかいいですね☆
これからもよろしくおねがいしまーす。
2007/08/08(水) 12:20:07 | URL | ニートマン #-[ 編集]
初めてのカメラビギナーズ
カメラの検索サイト。デジタルカメラ、カメラのキタムラ、ビックカメラ、ヨドバシカメラ、ライブカメラなどカメラに関する各種情報をお届けしています。 http://hastily.hartmerrell.com/
2008/11/30(日) 12:33:47 | URL | #-[ 編集]
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