無職である、独身である。人生何度目かのスゴロクは始まったばかり。見ていきなせぇ笑いなせぇ。あきらめるのはまだ早い。 、、、の第二部 すっかり無職でなくなったおれっちの、右も左もわからねえ金融業界裸一貫進む様、とくとご覧あれ!
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
こうなった経緯について その2
7月初旬、本人も知らぬ間に以前のスゴロクから脱落し、新しい、それも見知らぬスゴロクのボードの上に自分が置かれているのだということに私はやっと気がついたのであった。

以前のスゴロクと今回のスゴロクでは根本的に大きな違いがある。

人生一寸先は闇、とはよく言ったもので、現実世界では明日何が起こるかなんて誰にも分からないんである。とはいえ人は明日、来年、10年後の計画や目標をおぼろげながら立て、ある程度それに沿った人生を歩んでいくものである。俺は私は計画なんか立てずに出たとこ勝負で毎日生きているぜ、という方もおられると思うが、例えば今1億円持っていたとして、明日のことなんてどうせわかんねーんだからと今日中に全部使ってしまうという江戸っ子気質丸出しの人はあまりいないのではないかと思う。

一般に“夢”と呼ばれるものを持っている人々はなおさらである。
夢に向かうとは漠然とした大きな目標にがむしゃらに突っ走っていくことではない。
おぼろげになりがちな10年後の大きな目標の達成のための調査に始まる綿密で詳細な計画力が必要なのである。計画性なく夢を実現できるのは本当の天才や英雄だけであろう。作家で言えば川端康成のようなおそらく書き始めには結末が全く見えていないような話なのにノーベル文学賞をとるような人はおそらく文壇にもそう多くはおるまいと思う。優秀な作家の多くは、例えば三島由紀夫のように計算された文章構成の元に物語の中盤では読者を翻弄させる多くの伏線を登場させながら結末には完璧な予定調和を果たす、そういう手法の良作のほうが天才肌の作風よりずっと多いように感じる。

だいぶ脱線してしまったが、つまり私の以前のスゴロクもある程度先を見据えながら進んでいたのだ。予定外のマスに進んでしまうこともままあったが、全体の大きな流れを乱すようなものではなかったということだ。
まさか自分が三島由紀夫のような才能を持っていたなどとは言わない。自らの非才はもとより承知している。しかし少なくとも自分なりに綿密な調査、それに基づく計画は立てていたつもりである。

長々と書いてしまって何が言いたいのか分からなくなってしまったので、簡潔にまとめると、つまり以前私が進んでいたスゴロクは、今後多少のマスの変更があったとしても、100個先のマスに変化はなく、1000個先のゴールにもそう大きな変化はないであろうということを知りながら進んでいたという事実に対し、現在私が図らずも乗っかっているスゴロクボードに関し、私は何の知識もないどころか、一つ先のマスで一体何が起こるのか私自身さっぱり分からないということである。

しかしこれは悪いことばかりではない。この事実を好意的に解釈すれば、以前のスゴロクでは私が進むことの出来るルートはそう多くはなく、たいていの場合一本道であった。なんとなれば自分でゴールを決定してしまっていたからである。しかしながら現在はゴールなんぞさっぱり見えずいわんやその道程をやなのである。つまり私が進むことの出来る道筋は今のところ全方位360度に向かって伸びているのである。

いささか”好意的”を拡大解釈しすぎだが、絶望に身をやつすよりはましであろうと思うが、読者のみなさんはどう思われるであろうか?


今回はいささか理屈っぽくなってしまったので次回はちゃんと7月初旬からの“こうなった経緯について”についての続きをちゃんと書きます。
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
アナスイの財布や香水
アナスイの検索サイト。財布、バッグ、アクセサリー、ポーチ、通販などアナスイに関する各種情報をお届けしています。 http://landlordism.santamonicatravelodge.com/
2008/11/29(土) 11:17:05 | URL | #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。