無職である、独身である。人生何度目かのスゴロクは始まったばかり。見ていきなせぇ笑いなせぇ。あきらめるのはまだ早い。 、、、の第二部 すっかり無職でなくなったおれっちの、右も左もわからねえ金融業界裸一貫進む様、とくとご覧あれ!
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美容院にて その2
前回の続きである。

さて洗髪台のそばまで行ってはじめて髪を洗ってくれる女性をまじまじと見た私は胸がざわざわと騒いだのを感じた。
かわゆいのである。ぶっちぎりにかわゆいのである。身長は150センチ台中盤であろうか。ほんのりと茶色に染めた髪は長く背中に流れており、つややかになびいていた。目鼻立ちははっきりとし、どことなくスザンヌを髣髴とさせる面立ちであった。

”どうぞこちらへ”

と、椅子を差し向けた彼女のさわやかな笑顔に私は欣喜雀躍として席に着いた。おそらく男性には共感してもらえると思うが見た目で勝負が出来ない多くの男性の特徴に違わず私は美しい女性と話す場合必ず笑いをとろうとしてしまうのである。
はっきり言って笑わせる必要はないのである。私は客であり、彼女はサービス業なので私が笑わせてもらうならまだしも私には何の義務もない。黙ってサービスを享受すればいいだけであるにもかかわらず、安っぽい自己顕示欲のため無駄に笑いを取ろうとしてしまう。見た目で勝負することの出来ぬ男の悲しい性である。顔で覚えてもらえぬならユーモアのセンスで何とか覚えてもらおうという浅はかな考えなのである。
果たして髪を洗ってもらっている最中、私はつまらぬギャグを連発しすべり倒した挙句、じろじろと眺めすぎて、最後にはなんとなく嫌がられたような感じになってしまった。

またやってしまった、、、と無駄に後悔の念に浸っていると、スザンヌ似のその女性

”マッサージしてもよろしいですか?”

と言ってきた。願ったりである。最近慣れぬスーツでの就職活動のせいかよく肩がこる。ここは一つ女性の気を引くということは忘れてマッサージを堪能しようと思った。

おもむろに女性がマッサージを始める。

、、、、、、何も感じない、、、、

そうなのである、女性は確かにそのたおやかな両の指先にて私の凝り固まった肩を押してはいる。しかしながらいかんせん力が弱すぎるのである。彼女の力は表層の薄い脂肪の層をかすかにへこませるだけで精一杯なのであった。にもかかわらず彼女は言うのである。

”力加減は大丈夫ですか?痛かったら言ってくださいね”

果たしてこれで痛いという人がいるのだろうか?マニュアルに沿って仕事をする事はたしかに大切である。しかし本当のサービスというものはお客様一人一人の要望に対し臨機応変に対応できなければならぬのではないだろうか?私はそれまでの嫌がらせのような寒いギャグの連発やセクハラまがいの視線のことなど棚に上げて憤った。

”そうですね、もう少し強くやってもらえますか?”

理不尽な私はそれでも精一杯優しくそう言うと、”これだから若いやつはだめなんだ”などと勝手なことを思った。しかし一瞬の後私は憤りを吹き飛ばし非常に心地よい気分に浸ったのである。
”わかりました”と言って力を込め始めた彼女はおそらく純粋に一生懸命お客様のために頑張ろうと思ったに違いない。そのために指先以外に意識がいかなくなったに違いない。やはり第一印象どおり素敵な女性なのである。

彼女が指先に力を込めるたび私の後頭部は彼女の胸の谷間に埋まったのである。しかもしかも、彼女が動くたび彼女の髪の毛からは素晴らしい香りが漂ってくるのである。至福の3分間であった。

すべてが終わり椅子から立ち上がった後の私の”ありがとう”に他意はない。まさに心からでた”ありがとう”であった。
髪を切っている最中も最後にもう一度洗ってくれるのが彼女であれば、とそのことばかりを考えていた。髪形などどうでも良かった。
最後に洗ってくれた方は野獣のごとき青年であったのは単なる偶然に違いない。

理由あって私は現在美容院へ通っている。
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美容院にて
理由あって、帰国以来私は美容院に通っている。帰国以前の私は床屋にしか行ったことがなく、美容院などというものはお大尽が行くものだとばかり思っていた。

理由とは、男ならば果たさずばならぬもの、つまり”義理”である。
幼少のみぎりより通い続けていた床屋は私が現在住んでいる実家から歩いて2分の距離にある。これまでも一時帰国の際も当然その床屋で髪を切ってもらっていた。本来ならば再びそこの常連客になるべきなのであろうが、昨年問題が起きた。幼馴染が結婚し、その嫁さんが実家から歩いて3分のところにて美容院を始めたのである。もちろん古くからの行きつけの義理のほうがその時点では重いので気にしなければ良かったのだが、あろうことか幼馴染達はこぞって美容院の鞍替えをし、気付けば幼馴染の嫁の美容院に通っていないのは仲間内では私だけになってしまったのである。
これは困った。ただでさえ私は長く外国にいたために幼馴染のグループからは縁遠い存在になってしまっているのである。私も床屋から鞍替えしようかと考えた。しかしながら考えれば考えるほど物心ついたときから通いつめた床屋での思い出が脳裏をよぎった。私は懊悩した。
片方への義理を果たせばもう片方に不義理を働くことは瞭然としている。かといって一回ごとに店を返るのはあまりにも浅はかである。
深く悩んだ結果私はどちらの店にも行かず全く新しい美容院に通うのが選びうる最良の策であるとの結論に至った。一見全く見当違いの結論のように思えるかも知れぬ。しかしながらどちらか一方の義理だけを果たすことなく、わざわざ電車に乗って、料金もずっと高い美容院に通うという時間的にも金銭的にも無駄に思われる荷を背負うことで、どちらにも不義理を働く自分への戒めとすることにしたのである。

さて、とにもかくにも一昨日私は美容院へ行った。私はこれまでずっと床屋一筋であったので知らなかったが美容院では髪を切ってくれる人と洗ってくれる人と乾かす人がみんな違うらしい。その日もまずは切ってくれる人とどのような髪型にするか話し、その後洗ってくれる人と共に洗髪台へと向かった。

つづく
アートな週末 その3
さて、モネや印象派の素晴らしい絵画に感動して胸がいっぱいになった私たちはお腹もすいたことだし、何か食べようと言うことになった。美術館にはカフェとレストランがあったが私は迷わずカフェを選んだ。実を言うと私は食に対する興味が薄い。美味しいものは食べたいが、それよりも安くお腹いっぱいになるほうが嬉しい。しかしながらケーキだけは特別である。お酒の飲めない私はご多分に漏れず甘いものが好きである。しかもスナック菓子の類は軽蔑し、あくまでケーキの身を愛している。件のレストランメニューにはケーキは無かったので、どちらで食事をする?と問われれば答えは当然カフェなのであった。
その日のケーキは2種類しかなかったがさすが美術館のケーキだけあってメニューに掲載されている写真からは上品な雰囲気が見て取れた。私は両方食べたかった。どうしても両方食べたかった。そんなことを考えていたメニューを眺める私の表情は友人にあっさりと読み取られ

“じゃあ、両方頼んではんぶんこしよ(はぁと)”

愛らしい友人はそう言ってくれた。

“え、いいの?やったー(はぁと)”

オヤジ乙女の私は答えた。

ケーキが運ばれてくると私は

“やー、もう、美味しそう!(はぁと)”

と、両の手を頬に当て嬌声をあげた。そんな私を友人は珍獣を見るような目つきで眺めた。
日本のケーキは甘さ控えめで非常に上品な味がする。その代わりにサイズはものすげぇ小さい。外国生活が8年続いた私にしてみればはっきり言って一口サイズである。だが一口で食べてしまうわけにはいかない。私はケーキに添えられたこれまた妙に小さいフォークで少しづついとおしむようにチョコレートケーキを食べた。
うめぇ、ぶっちぎりにうめぇ。心の中ではそう思っているのに、なぜか口から出た言葉は

やーん、お・い・し・い!(はぁと)

であった。すっかりオヤジ乙女全開となった私は友人の頼んだケーキもキャーキャー言いながら半分以上いただき大満足であった。

その後私のたっての希望もあり星の王子様美術館へも足を運んだ。星の王子様は私の心に住まう、オヤジでも乙女でもない、少年の部分の私のバイブルである。美術館に降り立った私はその瞬間オヤジでも乙女でもなくたちまち少年に変身し、心のそこから楽しんだ。

美術館を出た我々は仙石原のススキの海の絶景を眺めた。風になびくススキを見ていると心が洗われるようであった。そしてまた、乙女でもなく少年でもない30歳の現実の私に立ち戻り、頑張らなくては、と思うのであった。

帰りにはアウトレットモールにも立ち寄り、下着を購入した友人をすっかりエロオヤジに変身した私は

“オイ、どんな下着買ったんだよ、見せてみろよ。”

といやらしく迫った。


美しき絵画に身をゆだね、美味しいケーキをいただき、星の王子様と宇宙を旅し、自然の景色に心打たれ、ウィンドウショッピングで目の保養をした、大満足の週末であった。

皆様も日々ストレスのたまる生活に疲れておいでだと思う。週末はゆっくり休みたいと思うかもしれないが、時には足を伸ばしてそういった場所へ行くのも良いかと思う。心も体もリフレッシュすること請け合いである。


さあ、また頑張らなくっちゃ。
アートな週末 その2
私はオカマではないが乙女である。

私という人間は大きく分けて2つの人格に分けることが出来る。一人は普段表に出ている男の私である。生物学的な構造上の私は青春時代、男しかおらぬ学校、男しかおらぬバイト先、そして男しかおらぬ趣味の世界で形成された、まさに腕力だけが物を言うぶっちぎりの”漢”の世界で生きてきた。当然そこで生き抜くためには強い男でいなければならず、体はけして大きくは無いが一般的な同世代に比べるとかなり頑強である。
一方もう一人の私は幼少より野花を愛し、チョコレートケーキに心躍らせる乙女であった。愛読書は赤毛のアンと若草物語であり、一人の時間はめくるめく空想に胸を膨らませて過ごしていたのであった。
つまり生来は乙女の資質が高かったが、青春時代ぶっちぎりの”漢”の世界を行く抜くために形成された男の部分がその乙女な私を覆い隠していたのだが、今や無理に男を主張して生きる必要は無くなったので心の奥深くにひっそりと隠れていた乙女な私が発露することが多くなってきているのである。ただし誤解の無いように言っておくが、幸か不幸か私はオカマでもゲイでもない。せめてバイセクシャルであれば恋愛対象がいきなり倍に膨れ上がり恋人もできようというものだが、残念ながら女性しか愛せない。乙女な私も女性が好きなのだから、考えようによっては精神的バイセクシャルなのかもしれないが、その議論はあまりに深いので今回は置いておく。

さて私は先週の金曜日、いつでも呼んで良い友人の一人を伴い、もといその友人に箱根へ連れて行ってもらった。なんとなればある化粧品会社の会長の個人的な収拾物を展示した美術館で私の大好きな印象派の特別展を開催していたからである。
高校時代に絵画に目覚めた私であったが、それから10数年たった今も抽象画はわからない。リアリズムに傾倒するわけではないが、私の凡庸なる感性ではある程度視覚的なリアルさを伴っていなければ感情を傾けることが出来ないのである。又似たような理由でルネッサンス時代の宗教画の類はあまりも壮大すぎて直接心に届かない。こちらの主題は抽象画に比べると理解しやすいが、いかんせん現実感が伴わない。身も心も小市民である私には日常のちょっとした風景などを何気なく描いた作品こそ心の琴線に触れるものなのである。
当日見た絵画のすべての感想を述べると、このブログの方向性がわからなくなるので、絵画の感想についてはほんの少しだけにしておく。当美術館で私がもっとも心魅かれた作品はやはりモネの「散歩」という作品であった。3人の男女が日差しの中ただ散歩しているという、ただそれだけの作品だ。
モネの作品はなぜここまで私をひきつけるのか。私はこう考えている。モネの作品はモネだけに見えているものを描いているのではない。彼は誰もが見ている世界の美しさを、誰もが知っている世界の美しさを、ただキャンパスの上に再現しているだけなのだ。
ジブリ作品に「紅の豚」という作品がある。その作品の登場人物フィオの台詞にこんな一言がある。

綺麗、世界って本当に綺麗。

私はこの一言をもって「紅の豚」を絶賛したい。
世界は美しいのである。だが残念なことにその美しい世界は刻一刻とうつりゆき、2度と同じ姿を見せることは無い。普通の人間が絵画や写真などに自分が感動したその景色を収めようとしても、たいていの場合は失敗するのだ。
何が言いたいかと言えば、つまりモネの素晴らしさはそういった切り取ることの難しいありのままの世界の美しさをキャンパスの中に再現している点ではないか、と私は思う。また誰もが知っている美しさゆえに彼の作品は総じて「わかりやすい」のだ。私のような粗野な人間にもわかる美しさを備えているのだ。
世界のどこにでもある「散歩」の風景。そこから得られる感動は、世界の美しさを再認識させてくれる。




さて、お気づきのようにまたもはじめに書いていた事と内容がずれて、そして長くなってきたので、続きは明日に。どうして私はこう集中力散漫で完結力に乏しいのであろうか、、、
アートな週末
私は東京下町生まれの、生来が租にして野なる人物なので、そもそもアートとは無縁である。貧乏人の両親はピカソを知らず、アントニオ猪木は芸術家とも戦ったと本気で思っていた。あろうことかモハメド・アリとサルバドール・ダリを混同していたのだった。そんな両親に育てられた私は当然のごとく幼少のみぎりより、芸術なんざーお大尽の暇つぶしじゃねーか。クソの役にもたちゃしねー、と図工の時間はもっぱら睡眠に当てていた。
そんな私であったが高校3年の時にお付き合いしていた女性によってそれまで未知の物であった芸術への端緒を開かれたのであった。
忘れもしない彼女との2回目のデートは、今はなき新宿三越美術館にて開催されていた“宮沢賢治展”であった。絵画や彫刻といった芸術には何の興味も持っていなかったが文字を使った芸術、つまり文学には唯一多少の興味を抱いていた。銀河鉄道の夜は大便の友であり、風の又三郎は通学の友であった。
宮沢賢治が特別好きだったわけではないが、言葉による表現者をすべからく尊敬していた私は、まあ行ってやってもいい、くらいの気持ちで出かけたのであった。

宮沢賢治は詩人であり、小説家であり、農業指導者である。そんな彼の展覧会とは果たしてなんであろうか?まさか彼が使っていた農機具の展示会ではあるまい。新宿駅を降りた私は疑問に思っていた。文学者の展覧会といえば、展示物は当人の手稿であったり、幼き日の写真であったりと、完全なるマニアにしか受けないのが定石である。何しろ手稿は大抵汚いか古いかいずれかの理由でほとんど読めず、見た目で名が売れたわけではない文学者の若い頃の写真なんて見ても嬉しくもクソも無いのである。行ってみる気にはなったものの、はっきり言って期待はまったくしていなかった。

人生とはまこと期待通りにはいかないものである。

美術館に入って5分もしないうちに私は静かなる興奮に包まれていたのであった。展示物は宮沢賢治の作品をモチーフにした絵画や彫刻を初めとする、多種多様な表現方法を用いた芸術作品群であった。どの作品もが宮沢賢治の世界への愛を感じさせる作品であった。中でも特に私の心を打ったのは銀河鉄道の夜をモチーフとした絵画であった。我々世代の多くは少年時代に公開されたアニメ版の銀河鉄道の夜に影響を受けていて、頭の中で物語を想像するとどうしても登場人物が猫になってしまうことがある。だがその影響を、そのときの展示物は払拭してくれたのだ。
おんなじシーンを表現しても、これほどにまで異なる解釈が出来るのか、と私は感嘆せずにはいられなかった。
このときの感動を言葉で表すことが出来るほど私は文章力に長けてはいない。だがその時つないでいた彼女の手を、思わず彼女が振り解かなければならないほど無意識に強く握ってしまっていたことを思い出す。
この時の宮沢賢治展が私の芸術に対する、いやその後の10数年間を決定付けてしまったのかもしれない。



、、、ここまで読んでまたもややってしまったという気持ちになってしまった。先週末の話をするつもりがいつの間にか高校時代の思い出話になってしまった。悪い癖である。明日続きを書く。
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