無職である、独身である。人生何度目かのスゴロクは始まったばかり。見ていきなせぇ笑いなせぇ。あきらめるのはまだ早い。 、、、の第二部 すっかり無職でなくなったおれっちの、右も左もわからねえ金融業界裸一貫進む様、とくとご覧あれ!
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こうなった経緯について その3
さて、その2で脱線した“経緯”に話しを戻す。

その1でも話したとおり、私は6月は心身の回復に努め、7月に入ってついに、“外出”を試みるに至った。“外出”には多くの勇気を要した。なぜならば帰国前約4ヶ月にわたって私はずっと家に引きこもっていたのである。わずかな外出といえば治療のためカウンセラーに会いに行くときだけであった。その際わずかな食糧を買っていたのだが、精神が衰弱していたのと同時に極度の貧乏で食事はほとんど取らず最初の2ヶ月でで体重は10キロ以上減ってしまった。

実はそうなる以前に日本に住む臨床心理士の友人に、

“そのままそこにいて、動けなくなって自分ひとりで帰ってこれなくなってしまう前に一度帰ってきたほうがいいんじゃない?”

という忠告を受けていた。今考えればその友人はまさにぴたりと私の状態を見抜いていたに違いない。意地を張って忠告を聞かなかった私はその数ヵ月後その友人の予言どおり一人では動けなくなり、親にSOSを発信し、海を越えて迎えに来てもらったのであった。

話は前後する。

そういうわけで私の外出は家の周りのお散歩から始まった。漁村ではなんともなかった散歩も東京の実家の周りの散歩は私にプレッシャーを与えた。知り合いに会ってしまうかもしれないという今日からであった。幸いにも誰にも会わずその後新宿や渋谷のような大都会の人ごみに行ったりして徐々に人に慣れていった。7月の半ばには友人に会いに行くことをはじめ、今や人に会うことはなんともなくなったが、なぜか人に会うと激しく咳き込んでしまう。これも前出の臨床心理士の友人に言わせれば心因性なのだそうだ。ならばどうしたら直るのだろうか?今だ大勢の友人といっぺんに会うことを試してはいないが、おそらく咳き込みながらもパニックに陥ることはないだろうと思う。

いろんなことをいっぺんに書くのは難しい。

減ってしまった体重は7月の半ばにはすっかり元に戻り、なおかつ漁村暮らし中に真っ黒に日焼けしたために、現在の見た目は普通の人よりよっぽど健康的に見える。実際体は健康なのであろうと思う。

この辺まででとりあえずこのブログをはじめた7月の終わりに追いついたと思う。
回復したからには、次のマスに踏み出さねばならない。いつまでもスタートのマスの中でウロウロしていてはゲームは始まらないんである。
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