無職である、独身である。人生何度目かのスゴロクは始まったばかり。見ていきなせぇ笑いなせぇ。あきらめるのはまだ早い。 、、、の第二部 すっかり無職でなくなったおれっちの、右も左もわからねえ金融業界裸一貫進む様、とくとご覧あれ!
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ほぼ、という日本語
今週に入り3日連続で面接している。もはや手当たり次第あらゆる求人に対し応募するのではなく、面接会場が主戦場となったようである。
クラウゼヴィッツの戦争論などに親しんだことがある方ならお分かりかと思う。すでに開戦前後の情報戦は終わっており、前線での戦いも中盤を迎えている。
何せ初陣である。素人的な考えで広げてしまった戦場の大風呂敷がために兵站線は伸びきり、各隊ごとの連絡は途絶し各個戦闘状態に突入しているのである。一般には負け戦の態を示してはいるが実はそうでもないところはまるでベトナム戦争のようである。

余談はよい。

結果からご報告する。月曜日は2次面接であった。その場で合格を言い渡され3次面接へと進んだ。火曜日は1次面接であった。たった今メールで結果が届いたが不合格であった。
そして本日は月曜日の会社の3次面接であった。
11時に来いと言うので2本しかないネクタイのうちの一本をキュキュっと小粋に締めいそいそと出かけた。会社に着くといきなり

お腹減った?

と聞かれ、昼飯を食いにいくこととなった。はて、面接ではないのか?私は訝しんだが断るような雰囲気ではなかったのでご相伴させていただいた。たわいもない話しをしながら飯を食い、会社に戻ると

じゃあ、ほぼ内定ね。

と言われた。内定と言う言葉に私は一瞬喜んだ。ついに来たか。やっと就職活動にも一段落着く。そう思ったが次の瞬間その前の一言が気になった。

ほぼ内定、、ほぼ内定、、、ほぼ、、、ほぼ?

ほぼとは一体なんだろうか?そもそも内定にほぼもクソもあるのだろうか?疑問は正さねばならぬ。私はすかさず尋ねた。

ほぼ内定の”ほぼ”とは一体どういう意味でしょうか?

担当の方は、やはりそこを突っ込んできたか、という顔で答えてくれた。

その方曰くこういうことであるらしい。
募集をかけて集まった人の中で書類選考を通したのが50人あまり。そのうちまだ20人くらいとしか面接をしていないからここで決めちゃうとまだ面接をしていない人々に対して悪い、のだそうだ。
ま、言い分としてわからんでもない。ようは募集した側としての体裁のためにはっきりと決まりましたと言うことが出来ないのだろう。たかが体裁されど体裁である。
だが私にとっては大きな違いである。何しろ”ほぼ”内定は決して内定ではないのである。内定でないからには喜ぶことは出来ず、安心をすることが出来ず、一息つくことも出来ないのである。

以下私の妄想の中の社員の会話である。


やいやい、手前ら、この”バイト君”てぇ野郎どう思う?俺ぁ結構おもしれえんじゃねえかと思ってるんだがよ。

おれっちもおもしれえんじゃねえかと思ってまさあ。多少歳は食っちゃあいますが威勢もいいしなにより洒落がわかってる。

そうだな、野郎外国にいたにしちゃあ粋ってもんがなんだかわかってやがる。その点はいい。問題は実務に関しちゃあ未知数だてえところだな。

あっしもそこんとこに引っかかりを感じるんですよ。たしかに野郎仕事も出来そうな雰囲気はある。だが雰囲気だけじゃねえ、、、こればっかりはやってみねえとわからなねえ。仮に使えない野郎だったときあ、採用係の旦那の責任てことになりますぜ。

手前えこういう時だけ”旦那”なんていいやがって。だがお前えの言うことももっともだ。まだ面接してねえ30人の中に即戦力が混じっているかも知れねえしなあ。だがよ、せっかく自分から食いついてきたヒラメをよ、カレイかも知れねえってんで捨てっちまうってのもなあ、、、

かといって面接3回全部終わったのに結果は出せねえってのもねえ、、、野郎、俺らが捨てなくても自分から針をはずして他の餌の方に行っちまうかも知れませんぜ。

そうだなあ。じゃあよし、こういうのはどうだ?まずぁ飯を食わせろ。人間飯を食って腹いっぱいになったら恩義も感じて緊張も解けるってもんだ。そのあとこういうんだ。

”お前さん内定だよ。ほぼな”

いいか、この”ほぼ”ってところが肝だ。内定は内定でもほぼ内定だ。嘘は言ってねえ。ただし”ほぼ”がついてりゃつまりは”まだわからねえ”って事だ。わからねえってはっきり言えないときゃあ”ほぼ”とか”大筋で”とか言っときゃあいんだ。いやあ日本語って便利だなあ、しかし。

さっすが旦那、賢いっすねえ。そんじゃあ早速野郎に伝えてきまさあ。

”ほぼ”をつけんのわすれんなよ、”ほぼ”を!じゃなきゃ嘘んなる!労働基準法は守らずばなるめえ!

わっかりましたーー”ほぼ”ですねえ!


と、言うわけで果たして私は本日”ほぼ内定”をいただいた。
まだまだ続きそうな就職活動に何の変化も与えない”ほぼ内定”。言葉にだまされず、ここは一つ兜の緒を締めなおして

頑張らなくっちゃ。
スポンサーサイト
今週のスゴロク具合
今週は忙しくてバイトがほとんど出来なかった、、、のでバイト君2(実は3)からバイト君へ逆戻りの私。

さて今週はなぜか面接が3つもあった。快挙である。その前の週までの約2ヶ月間たった一度しかなかった面接が今週だけで3つも。これが快哉を叫ばずにいられようものか。

というわけで結果等をご報告。


まず、これまでに応募したけれど返事も無い企業

数え切れず

返事はあったけど書類選考で不合格だった企業

数え切れず


無論本当は数えられるが、数えると悲しくなるので。しかしながらその実数もかなりの数字になる。


続いて面接を受けた企業

4社

そのうち不合格だった企業

2社


残り2社のうち1社は今日だったのでまだ合否わからず。もう一つははじめての2次面接へと進んだ。

来週はその2次面接の会社も含めて今のところ3社の面接予定がある。密かにやっていた日雇いのバイトが出来なくなるので手持ちの現金がどんどん無くなり携帯代が払えないかもしれない事態に陥っているが、いたし方あるまい。

ちなみに登録している人材紹介会社の一つから契約社員にならないかと誘われたが断った。なんとなれば、契約社員とは名ばかりの時給制で、提示された時給も恐ろしく低く設定されていた。どうやらクライアント企業として外資系を増やしたいらしく英語が使えるが暇を囲っている私を上手に使ってやろうという魂胆であったようだ。お世話になっているのであんまり悪く言いたくは無いが、提示された時給が恐ろしく低いものであったので、おそらくそういうことであろう。そんなことより私をはやく就職させて売り上げを上げるべきだと思うが、どうだろう。


というわけで今週は2,3マス進んだような気がする。


何とか今年中に”就職”という第一チェックポイントまで進みたい。


では皆さん、よい週末を。





アートな週末 その3
さて、モネや印象派の素晴らしい絵画に感動して胸がいっぱいになった私たちはお腹もすいたことだし、何か食べようと言うことになった。美術館にはカフェとレストランがあったが私は迷わずカフェを選んだ。実を言うと私は食に対する興味が薄い。美味しいものは食べたいが、それよりも安くお腹いっぱいになるほうが嬉しい。しかしながらケーキだけは特別である。お酒の飲めない私はご多分に漏れず甘いものが好きである。しかもスナック菓子の類は軽蔑し、あくまでケーキの身を愛している。件のレストランメニューにはケーキは無かったので、どちらで食事をする?と問われれば答えは当然カフェなのであった。
その日のケーキは2種類しかなかったがさすが美術館のケーキだけあってメニューに掲載されている写真からは上品な雰囲気が見て取れた。私は両方食べたかった。どうしても両方食べたかった。そんなことを考えていたメニューを眺める私の表情は友人にあっさりと読み取られ

“じゃあ、両方頼んではんぶんこしよ(はぁと)”

愛らしい友人はそう言ってくれた。

“え、いいの?やったー(はぁと)”

オヤジ乙女の私は答えた。

ケーキが運ばれてくると私は

“やー、もう、美味しそう!(はぁと)”

と、両の手を頬に当て嬌声をあげた。そんな私を友人は珍獣を見るような目つきで眺めた。
日本のケーキは甘さ控えめで非常に上品な味がする。その代わりにサイズはものすげぇ小さい。外国生活が8年続いた私にしてみればはっきり言って一口サイズである。だが一口で食べてしまうわけにはいかない。私はケーキに添えられたこれまた妙に小さいフォークで少しづついとおしむようにチョコレートケーキを食べた。
うめぇ、ぶっちぎりにうめぇ。心の中ではそう思っているのに、なぜか口から出た言葉は

やーん、お・い・し・い!(はぁと)

であった。すっかりオヤジ乙女全開となった私は友人の頼んだケーキもキャーキャー言いながら半分以上いただき大満足であった。

その後私のたっての希望もあり星の王子様美術館へも足を運んだ。星の王子様は私の心に住まう、オヤジでも乙女でもない、少年の部分の私のバイブルである。美術館に降り立った私はその瞬間オヤジでも乙女でもなくたちまち少年に変身し、心のそこから楽しんだ。

美術館を出た我々は仙石原のススキの海の絶景を眺めた。風になびくススキを見ていると心が洗われるようであった。そしてまた、乙女でもなく少年でもない30歳の現実の私に立ち戻り、頑張らなくては、と思うのであった。

帰りにはアウトレットモールにも立ち寄り、下着を購入した友人をすっかりエロオヤジに変身した私は

“オイ、どんな下着買ったんだよ、見せてみろよ。”

といやらしく迫った。


美しき絵画に身をゆだね、美味しいケーキをいただき、星の王子様と宇宙を旅し、自然の景色に心打たれ、ウィンドウショッピングで目の保養をした、大満足の週末であった。

皆様も日々ストレスのたまる生活に疲れておいでだと思う。週末はゆっくり休みたいと思うかもしれないが、時には足を伸ばしてそういった場所へ行くのも良いかと思う。心も体もリフレッシュすること請け合いである。


さあ、また頑張らなくっちゃ。
アートな週末 その2
私はオカマではないが乙女である。

私という人間は大きく分けて2つの人格に分けることが出来る。一人は普段表に出ている男の私である。生物学的な構造上の私は青春時代、男しかおらぬ学校、男しかおらぬバイト先、そして男しかおらぬ趣味の世界で形成された、まさに腕力だけが物を言うぶっちぎりの”漢”の世界で生きてきた。当然そこで生き抜くためには強い男でいなければならず、体はけして大きくは無いが一般的な同世代に比べるとかなり頑強である。
一方もう一人の私は幼少より野花を愛し、チョコレートケーキに心躍らせる乙女であった。愛読書は赤毛のアンと若草物語であり、一人の時間はめくるめく空想に胸を膨らませて過ごしていたのであった。
つまり生来は乙女の資質が高かったが、青春時代ぶっちぎりの”漢”の世界を行く抜くために形成された男の部分がその乙女な私を覆い隠していたのだが、今や無理に男を主張して生きる必要は無くなったので心の奥深くにひっそりと隠れていた乙女な私が発露することが多くなってきているのである。ただし誤解の無いように言っておくが、幸か不幸か私はオカマでもゲイでもない。せめてバイセクシャルであれば恋愛対象がいきなり倍に膨れ上がり恋人もできようというものだが、残念ながら女性しか愛せない。乙女な私も女性が好きなのだから、考えようによっては精神的バイセクシャルなのかもしれないが、その議論はあまりに深いので今回は置いておく。

さて私は先週の金曜日、いつでも呼んで良い友人の一人を伴い、もといその友人に箱根へ連れて行ってもらった。なんとなればある化粧品会社の会長の個人的な収拾物を展示した美術館で私の大好きな印象派の特別展を開催していたからである。
高校時代に絵画に目覚めた私であったが、それから10数年たった今も抽象画はわからない。リアリズムに傾倒するわけではないが、私の凡庸なる感性ではある程度視覚的なリアルさを伴っていなければ感情を傾けることが出来ないのである。又似たような理由でルネッサンス時代の宗教画の類はあまりも壮大すぎて直接心に届かない。こちらの主題は抽象画に比べると理解しやすいが、いかんせん現実感が伴わない。身も心も小市民である私には日常のちょっとした風景などを何気なく描いた作品こそ心の琴線に触れるものなのである。
当日見た絵画のすべての感想を述べると、このブログの方向性がわからなくなるので、絵画の感想についてはほんの少しだけにしておく。当美術館で私がもっとも心魅かれた作品はやはりモネの「散歩」という作品であった。3人の男女が日差しの中ただ散歩しているという、ただそれだけの作品だ。
モネの作品はなぜここまで私をひきつけるのか。私はこう考えている。モネの作品はモネだけに見えているものを描いているのではない。彼は誰もが見ている世界の美しさを、誰もが知っている世界の美しさを、ただキャンパスの上に再現しているだけなのだ。
ジブリ作品に「紅の豚」という作品がある。その作品の登場人物フィオの台詞にこんな一言がある。

綺麗、世界って本当に綺麗。

私はこの一言をもって「紅の豚」を絶賛したい。
世界は美しいのである。だが残念なことにその美しい世界は刻一刻とうつりゆき、2度と同じ姿を見せることは無い。普通の人間が絵画や写真などに自分が感動したその景色を収めようとしても、たいていの場合は失敗するのだ。
何が言いたいかと言えば、つまりモネの素晴らしさはそういった切り取ることの難しいありのままの世界の美しさをキャンパスの中に再現している点ではないか、と私は思う。また誰もが知っている美しさゆえに彼の作品は総じて「わかりやすい」のだ。私のような粗野な人間にもわかる美しさを備えているのだ。
世界のどこにでもある「散歩」の風景。そこから得られる感動は、世界の美しさを再認識させてくれる。




さて、お気づきのようにまたもはじめに書いていた事と内容がずれて、そして長くなってきたので、続きは明日に。どうして私はこう集中力散漫で完結力に乏しいのであろうか、、、
アートな週末
私は東京下町生まれの、生来が租にして野なる人物なので、そもそもアートとは無縁である。貧乏人の両親はピカソを知らず、アントニオ猪木は芸術家とも戦ったと本気で思っていた。あろうことかモハメド・アリとサルバドール・ダリを混同していたのだった。そんな両親に育てられた私は当然のごとく幼少のみぎりより、芸術なんざーお大尽の暇つぶしじゃねーか。クソの役にもたちゃしねー、と図工の時間はもっぱら睡眠に当てていた。
そんな私であったが高校3年の時にお付き合いしていた女性によってそれまで未知の物であった芸術への端緒を開かれたのであった。
忘れもしない彼女との2回目のデートは、今はなき新宿三越美術館にて開催されていた“宮沢賢治展”であった。絵画や彫刻といった芸術には何の興味も持っていなかったが文字を使った芸術、つまり文学には唯一多少の興味を抱いていた。銀河鉄道の夜は大便の友であり、風の又三郎は通学の友であった。
宮沢賢治が特別好きだったわけではないが、言葉による表現者をすべからく尊敬していた私は、まあ行ってやってもいい、くらいの気持ちで出かけたのであった。

宮沢賢治は詩人であり、小説家であり、農業指導者である。そんな彼の展覧会とは果たしてなんであろうか?まさか彼が使っていた農機具の展示会ではあるまい。新宿駅を降りた私は疑問に思っていた。文学者の展覧会といえば、展示物は当人の手稿であったり、幼き日の写真であったりと、完全なるマニアにしか受けないのが定石である。何しろ手稿は大抵汚いか古いかいずれかの理由でほとんど読めず、見た目で名が売れたわけではない文学者の若い頃の写真なんて見ても嬉しくもクソも無いのである。行ってみる気にはなったものの、はっきり言って期待はまったくしていなかった。

人生とはまこと期待通りにはいかないものである。

美術館に入って5分もしないうちに私は静かなる興奮に包まれていたのであった。展示物は宮沢賢治の作品をモチーフにした絵画や彫刻を初めとする、多種多様な表現方法を用いた芸術作品群であった。どの作品もが宮沢賢治の世界への愛を感じさせる作品であった。中でも特に私の心を打ったのは銀河鉄道の夜をモチーフとした絵画であった。我々世代の多くは少年時代に公開されたアニメ版の銀河鉄道の夜に影響を受けていて、頭の中で物語を想像するとどうしても登場人物が猫になってしまうことがある。だがその影響を、そのときの展示物は払拭してくれたのだ。
おんなじシーンを表現しても、これほどにまで異なる解釈が出来るのか、と私は感嘆せずにはいられなかった。
このときの感動を言葉で表すことが出来るほど私は文章力に長けてはいない。だがその時つないでいた彼女の手を、思わず彼女が振り解かなければならないほど無意識に強く握ってしまっていたことを思い出す。
この時の宮沢賢治展が私の芸術に対する、いやその後の10数年間を決定付けてしまったのかもしれない。



、、、ここまで読んでまたもややってしまったという気持ちになってしまった。先週末の話をするつもりがいつの間にか高校時代の思い出話になってしまった。悪い癖である。明日続きを書く。
黒川 紀章
亀田家のニュースがお茶の間を席巻している。本当は私もそのことについて書きたい。格闘技ファンを自認している私はボクシングだってユーリ・アルバチャコフ以来の大ファンなのである。
1ラウンド3分間という刹那の時に、鍛え上げた男たちがただ殴りあうという野蛮な行為の中になぜか人間の美しさを見出す人間は数多い。それはボクサー一人ひとりの人生がそのたった3分間の間に凝縮されて現れるからに他ならない。リング外で口汚く罵ることがボクシングの醍醐味では断じてない。一人のボクシングファンとして言いたいことは山ほどあるが、ここはあえて何も言うまいと決めた。彼らの蛮行を言葉によって断罪することは簡単である。しかしながらそれは獣と同等の行為によって、まさに自分で自分を彼らと同等の獣に貶めることになりはすまいか。
公平であるとはけして言えないボクシング協会ではあるが、今回ばかりは正当な処分を下すのではないかと思う。一人のボクシングファンとしてはそれを見守り、近い将来美しく強い本物のボクサーの出現を願うばかりである。

そんな加熱する亀田家の報道の中にあって、私の心を捉えたある訃報について私は触れたい。

世界的建築家、黒川紀章さんが亡くなられた。

私は黒川紀章という人間について何も知らない。世界的建築家と報道されるからには赫々たる業績に彩られた立派な人生であったに違いない。だが私にとっての黒川紀章は先の東京都知事選挙や参議院選挙に出馬して落選した有名な人、くらいの認識でしかなかった。今は自らの無知無関心を呪わざるにはおれないが、ともかく彼の訃報に触れた私の感想は、「へー、あの人死んだんだ」であった。そんなことよりもよっぽど亀田次男の蛮行の詳細や彼らの今後のことが気になった。ニュースの扱いも、私の興味と同様まったく小さなものであったのだから。
しかし時間がたつにつれ黒川紀章の奥さんである女優若尾文子さんによる彼の最期の言葉が報道されるようになった。
彼の奥さんに向けた最期の言葉は

「本当に好きだったんだから」

だったのだそうだ。
私はこの報道を目の当たりにして、涙を禁じえなかった。そして涙を流しながら思わず微笑んでしまった。それは一人の素晴らしい人生を生きたであろう男への賞賛の涙と笑顔である。
前述のように、私は黒川紀章なる人物について何も知らない。知らない人間の人生を素晴らしい人生と言い切るのはいささか乱暴かと思う。しかし私は心からそう思うのだ。

一人の人間が自分の死期を悟り、限られた余力と時間を持って何を伝えようとするのか?もちろんその内容は人によって違うのであろう。赫々たる業績を積み上げてきた彼にはおそらく語るべきことはたくさんあったであろう。だがそれでも、彼が自ら選んだ最期の一言は感謝でも後悔でもなく、何の衒いも偽りも無い純粋な言葉でただ、

「本当に好きだったんだから」

であった。死に瀕する者の言葉にうそ偽りがあるはずも無く、そのときの夫婦の間にはただ静謐なる時間と、そして完全な愛だけがあったに違いない。
彼は物質的な成功だけでなく、それに伴う地位名声だけでなく、多くの人が望みそして得ることのできない、いささか不遜な言い方になるが、人間にしかえることのできない最高の宝を得たのだと、私は思う。それは彼が成しえてきた他のどんなことよりも価値があることなのだと、私は思う。

私はいまや黒川紀章という人間について非常な興味関心を抱いているが、ここはあえて調べずにおこうと思う。彼についてはその最後の一言で十分わかったような気がするからである。
私のような人間が、このような拙文により黒川紀章という人物について語るは大変おこがましい。だが一言誄を捧げる自由を許してほしい。


黒川紀章
あなたは世界で一番幸せな男です。そしてまたあなたが死に際し発した言葉はあなたの大切な人を世界で一番幸せな女性にしました。
どうか安らかに眠ってください。



注:敬称はあえて略させていただきました。
諸行無常の響きあり
祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者必衰の理をあらわす
おごれる人も久しからず
ただ春の夜の夢のごとし
たけき者もついには滅びぬ
偏に風の前の塵に同じ


言わずと知れた平家物語の冒頭である。色々と描写してはいるが、はやい話が世の中は無常であるという意味である。当然“沙羅双樹の花の色”も、世の無常観を表している。沙羅双樹とは一般にナツツバキとヒメシャラのことを指す。樹木に興味のある方はご存知かもしれないがこの二つの樹木の花は朝に咲いた可憐な花がその日の夕方には儚くも落ちてしまうのである。無常である。

さてなぜそんなことを書いているかといえば、本ブログ人生スゴロクも、まさに無常観を表すにふさわしいブログだからである。かつて私のブログはさるブログランキングで一位を獲得していた。日本のみならず読者は諸外国に広がり、たくさんの励ましや応援、誹謗中傷のメールをいただいた。
しかし現在のブログは記事を書いた日に10人未満の方が訪れ、そしてその後一日に一人か二人がだけが間違って迷い込む、例えていうならば誰にも目を向けてもらえない路傍に落つるヒメシャラの花のような存在なのである。

しかしである。なぜだか最近記事を書いてもいないのに日に10人以上の来場者を数えている。面妖である。
理由はすぐに露見した。なんと人知れずその命を咲き散らす沙羅の花のようであった私のブログをちょくちょく読み、あまつさえ自らのブログの記事中にてリンクを張ってくださった洒落者がいらっしゃったのであった。来場者が増えた理由はそれである。

あんまり嬉しいので私もリンクを貼らせていただくことにする。

東大卒無職男性(30)の腐った脳みそ

作者であるはめちゃん氏の置かれている状況はまるで映し鏡のごとく私に似通っている。氏の妄想と現実が綯い交ぜになって赤裸々に綴られたブログであるが、どうやら私と時期を同じくして就職活動を始めたあたり、まさに映し鏡である。私のブログを応援してくださる奇特な方々、ぜひ氏のブログのほうにも足を運んでいただきたいと思う。


さてスゴロクのほうであるが、面接まで行かず書類選考で見送りとなった会社が今日で20にのぼった。同じマスでウロウロするのはなかなかに忍耐の要るものである
TOEIC
数少ない読者の方はご存知のように、私は履歴書に書けるような立派な資格を一つも有していない。無論普通免許は持っている。ついでに自動二輪免許を持っている。しかしそんなものは誰もが持っている免許であり、就職において有利であるかどうかと問われれば、その存在価値はゼロである。
未経験はいかんともしがたいが無資格はもしかしたら何とかなるかも知れんと、以前「資格全ガイド」なる分厚い書物を購入したところまでは書いたと思う。そしてそれっきり資格のことには触れていない。
言い訳がましいが、決して忘れていたわけでも、諦めたわけでもない。資格を取るには思っていたよりも時間がかかるということがわかったので、今お伝えできるような進展が全くないため、まるで何事もなかったかのように別の話題でお茶を濁していただけなのである。

日本には多種多様な資格がゴマンとある。誰でも知っている有名な国家試験から、だーれも知らないマイナーな民間資格までさまざまだ。「資格全ガイド」の通読にはそれほど時間はかからなかったが、結局どの資格を取るべきはいまいちわからなかったのである。

どうしたらいいかわからないとき、基本としてはまず原点に立ち返るべきであろう。そう考えた私は、原点、つまり

“なぜ資格を取るのか?”という疑問に立ち返った。

当然答えは

“就職に少しでも有利になるように”である。

前述のように、資格と一口に言ってもさまざまな種類の資格がゴマンとある。まずはその中から就職に有利であろうと思われる資格を選別せねばならない。就職に有利でない資格をたくさん取ることは今の私にとって有意義ではないのである。

まずはサンサーンスを聞きながらのんびりと調べた結果、一概には言えないが大まかに言って民間資格より国家資格のほうが信頼度が高いようだ。うん、まあそりゃそうだろうと思いつつ、筋肉少女帯を聞きながらヘラヘラと「資格全ガイド」の中から国家試験ばかりを抽出していった。次にイングヴェイ・マルムスティーンを聞きながらすばやく営業職の就職に際し有利であろうといわれる資格を選別する作業に入った。

言い忘れていたが私は営業志望である。ほんの数ヶ月前までうつ病だうつ病だと騒いでいた姿からは想像もつかぬであろうが、私は実はお外に出る仕事を好むのである。約8年の長きにわたり研究室にこもりっぱなしで生きている人間とのコミュニケーションの仕方を忘れてしまった姿しか知らぬ友人からは想像も出来ぬであろうが、私は実は死んでいる人間より生きている人間のほうが好きなのである。

話がそれた。

私はインターネットや手元の資料を駆使し、営業に有利であると、ベテラン人事のお歴々が述べている資格を抽出することに成功した。

しかしである。抽出したいくつかの資格の詳細を調べてみれば、そりゃあたしかに有利だろうさ、とため息が出るような資格ばかりであった。つまり持っていればニートに何ぞなる必要はない資格ではあるが、取得するのに時間やお金がかかり、とてもじゃないが今年中に取れるような資格はないのであった。

つまり、使える資格を取得できる頃には私はめでたく31歳を超えており、資格の利点を補って余りある不利な年齢をいくつも重ねてしまうのである。一応その中から一番手っ取り早く取れそうなものをいくつか選んで勉強し始めたが、今年中にはなんとしてでも就職をしたいので、それらに頼ることはやっぱり出来ないのである。

ところで私は英語が堪能である。日本語ほどではもちろんないが、バーで金髪ねーチャンをナンパできるくらいには英語を使いこなすことが出来る。そんな私が真っ先に取るべき資格はTOEICであろう。実は帰ってきたらすぐさま取ろうと思っていたが、のらりくらりと暮らしている間にすっかり時は過ぎ去ってしまった。あわてて最近申し込んだが、一番はやく受けられる試験日は10月の終わりであった。とりあえず今年中に履歴書にかけそうな資格が一つ増えることになるが、果たしてどうだろうか?

TOEICに関しては結果がでしだいご報告する。

そういえば先週面接を受けた会社は1次面接で落ちた。私の人生最初の就職試験は不合格であった。

最近スゴロクはとんと進んでいないが、戦いはまだ始まったばかり。

がんばらなくっちゃ。
人材紹介会社
どうやら人材紹介会社というものは世の中にずいぶんたくさんあるようだ。

私はその中でもいわゆる大手と呼ばれるいくつかの人材紹介会社に紹介を拒否されてしまった。しかしそれも人材紹介会社のシステムを考えれば、もっともであると言わざるを得ない。

そもそも人材紹介会社というものは私のように職を求めている人間の就職、(主に転職だが)を手助けする仕事をしている。彼らは求職者の能力や要望に合った求人をおこなっている会社を求職者に紹介し、求職者がその求人に応募したいと言えば推薦状をつけて求人をおこなっている会社に代行して応募してくれる。彼らは求職者からは一切料金を取らず、就職が決定して初めて求人をおこなっている会社から報酬をもらうシステムになっている。つまり求職者の就職が決まらぬ限り彼らはまったくのただ働きとなってしまうため、結構一生懸命に私のような求職者のために職を探してくれるのである。

さて、ではなぜ大手は私の依頼を断るのか?簡単である。大手の人材紹介会社は、大手であるがゆえに求職者からの依頼は数多い。会社の利益率を上げるためには出来る限りただ働きをする時間を減らさなくてはいけないから、私のように適切な仕事を見つけてやるために時間がかかりそうな人物は初めからお断りするのである。会社が営利団体である以上、これはいたしかたのないことであろう。反対に小さな人材紹介会社は依頼者の数も少ないため、選り好みは出来ず、私のような難しい求職者であっても、一応依頼を受けてくれるのである。

果たして私は小さな人材紹介会社にいくつか登録し、いわゆる大手の人材紹介会社に一つ登録をしている。ここで面白い事実がある。大手の紹介会社の私の担当者は若者であるが、小さな紹介会社はみな年配の方である。
偶然であるかも知れぬ。しかしここは私のたくましき妄想力でもって、この事実を勝手に推察するとこうなる。

大手で私を断らずに受け入れてくれたのはたった1社であった。そこでの私の担当者は明らかに新入社員と思しき方であった。つまりこの会社は私のような難しい求職者をこの新入社員にあてがうことで経験を積ませようというのではないか?無資格無経験30歳の私は、だめでもともとなのである。営利目的だけで言えばお断りする私はだめもとの難しい案件として新入社員教育にちょうどいいのではないだろうか?
反対に小さな紹介会社は依頼者の選り好みをしては商売にならない。おそらく引き受ける依頼の中でも抜きん出て利益を出すのが難しいと思われる私のような案件は海千山千のベテランに割り当て、なんとしてでも就職させ利益を出そうとしなければならないのではないか?

すべては私の妄想である。なんとなれば今週は一つも面接の予定がないのである。あるはずであった面接は書類選考の段階ですべて落ちてしまった。
暇である。はっきり言って暇である。暇すぎてくだらぬ妄想が膨らむばかりなのである。日中は就職活動に備えて空けてあるのである。夕方からのバイトまではまだまだ時間があるのである。

嗚呼、はやくどこかの懐の広い社長が私に働く機会を与えてくれないだろうか?

切に願う。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。