無職である、独身である。人生何度目かのスゴロクは始まったばかり。見ていきなせぇ笑いなせぇ。あきらめるのはまだ早い。 、、、の第二部 すっかり無職でなくなったおれっちの、右も左もわからねえ金融業界裸一貫進む様、とくとご覧あれ!
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美容院にて
理由あって、帰国以来私は美容院に通っている。帰国以前の私は床屋にしか行ったことがなく、美容院などというものはお大尽が行くものだとばかり思っていた。

理由とは、男ならば果たさずばならぬもの、つまり”義理”である。
幼少のみぎりより通い続けていた床屋は私が現在住んでいる実家から歩いて2分の距離にある。これまでも一時帰国の際も当然その床屋で髪を切ってもらっていた。本来ならば再びそこの常連客になるべきなのであろうが、昨年問題が起きた。幼馴染が結婚し、その嫁さんが実家から歩いて3分のところにて美容院を始めたのである。もちろん古くからの行きつけの義理のほうがその時点では重いので気にしなければ良かったのだが、あろうことか幼馴染達はこぞって美容院の鞍替えをし、気付けば幼馴染の嫁の美容院に通っていないのは仲間内では私だけになってしまったのである。
これは困った。ただでさえ私は長く外国にいたために幼馴染のグループからは縁遠い存在になってしまっているのである。私も床屋から鞍替えしようかと考えた。しかしながら考えれば考えるほど物心ついたときから通いつめた床屋での思い出が脳裏をよぎった。私は懊悩した。
片方への義理を果たせばもう片方に不義理を働くことは瞭然としている。かといって一回ごとに店を返るのはあまりにも浅はかである。
深く悩んだ結果私はどちらの店にも行かず全く新しい美容院に通うのが選びうる最良の策であるとの結論に至った。一見全く見当違いの結論のように思えるかも知れぬ。しかしながらどちらか一方の義理だけを果たすことなく、わざわざ電車に乗って、料金もずっと高い美容院に通うという時間的にも金銭的にも無駄に思われる荷を背負うことで、どちらにも不義理を働く自分への戒めとすることにしたのである。

さて、とにもかくにも一昨日私は美容院へ行った。私はこれまでずっと床屋一筋であったので知らなかったが美容院では髪を切ってくれる人と洗ってくれる人と乾かす人がみんな違うらしい。その日もまずは切ってくれる人とどのような髪型にするか話し、その後洗ってくれる人と共に洗髪台へと向かった。

つづく
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