無職である、独身である。人生何度目かのスゴロクは始まったばかり。見ていきなせぇ笑いなせぇ。あきらめるのはまだ早い。 、、、の第二部 すっかり無職でなくなったおれっちの、右も左もわからねえ金融業界裸一貫進む様、とくとご覧あれ!
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アートな週末
私は東京下町生まれの、生来が租にして野なる人物なので、そもそもアートとは無縁である。貧乏人の両親はピカソを知らず、アントニオ猪木は芸術家とも戦ったと本気で思っていた。あろうことかモハメド・アリとサルバドール・ダリを混同していたのだった。そんな両親に育てられた私は当然のごとく幼少のみぎりより、芸術なんざーお大尽の暇つぶしじゃねーか。クソの役にもたちゃしねー、と図工の時間はもっぱら睡眠に当てていた。
そんな私であったが高校3年の時にお付き合いしていた女性によってそれまで未知の物であった芸術への端緒を開かれたのであった。
忘れもしない彼女との2回目のデートは、今はなき新宿三越美術館にて開催されていた“宮沢賢治展”であった。絵画や彫刻といった芸術には何の興味も持っていなかったが文字を使った芸術、つまり文学には唯一多少の興味を抱いていた。銀河鉄道の夜は大便の友であり、風の又三郎は通学の友であった。
宮沢賢治が特別好きだったわけではないが、言葉による表現者をすべからく尊敬していた私は、まあ行ってやってもいい、くらいの気持ちで出かけたのであった。

宮沢賢治は詩人であり、小説家であり、農業指導者である。そんな彼の展覧会とは果たしてなんであろうか?まさか彼が使っていた農機具の展示会ではあるまい。新宿駅を降りた私は疑問に思っていた。文学者の展覧会といえば、展示物は当人の手稿であったり、幼き日の写真であったりと、完全なるマニアにしか受けないのが定石である。何しろ手稿は大抵汚いか古いかいずれかの理由でほとんど読めず、見た目で名が売れたわけではない文学者の若い頃の写真なんて見ても嬉しくもクソも無いのである。行ってみる気にはなったものの、はっきり言って期待はまったくしていなかった。

人生とはまこと期待通りにはいかないものである。

美術館に入って5分もしないうちに私は静かなる興奮に包まれていたのであった。展示物は宮沢賢治の作品をモチーフにした絵画や彫刻を初めとする、多種多様な表現方法を用いた芸術作品群であった。どの作品もが宮沢賢治の世界への愛を感じさせる作品であった。中でも特に私の心を打ったのは銀河鉄道の夜をモチーフとした絵画であった。我々世代の多くは少年時代に公開されたアニメ版の銀河鉄道の夜に影響を受けていて、頭の中で物語を想像するとどうしても登場人物が猫になってしまうことがある。だがその影響を、そのときの展示物は払拭してくれたのだ。
おんなじシーンを表現しても、これほどにまで異なる解釈が出来るのか、と私は感嘆せずにはいられなかった。
このときの感動を言葉で表すことが出来るほど私は文章力に長けてはいない。だがその時つないでいた彼女の手を、思わず彼女が振り解かなければならないほど無意識に強く握ってしまっていたことを思い出す。
この時の宮沢賢治展が私の芸術に対する、いやその後の10数年間を決定付けてしまったのかもしれない。



、、、ここまで読んでまたもややってしまったという気持ちになってしまった。先週末の話をするつもりがいつの間にか高校時代の思い出話になってしまった。悪い癖である。明日続きを書く。
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2008/11/03(月) 13:38:28 | URL | #-[ 編集]
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