無職である、独身である。人生何度目かのスゴロクは始まったばかり。見ていきなせぇ笑いなせぇ。あきらめるのはまだ早い。 、、、の第二部 すっかり無職でなくなったおれっちの、右も左もわからねえ金融業界裸一貫進む様、とくとご覧あれ!
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ほぼ、という日本語
今週に入り3日連続で面接している。もはや手当たり次第あらゆる求人に対し応募するのではなく、面接会場が主戦場となったようである。
クラウゼヴィッツの戦争論などに親しんだことがある方ならお分かりかと思う。すでに開戦前後の情報戦は終わっており、前線での戦いも中盤を迎えている。
何せ初陣である。素人的な考えで広げてしまった戦場の大風呂敷がために兵站線は伸びきり、各隊ごとの連絡は途絶し各個戦闘状態に突入しているのである。一般には負け戦の態を示してはいるが実はそうでもないところはまるでベトナム戦争のようである。

余談はよい。

結果からご報告する。月曜日は2次面接であった。その場で合格を言い渡され3次面接へと進んだ。火曜日は1次面接であった。たった今メールで結果が届いたが不合格であった。
そして本日は月曜日の会社の3次面接であった。
11時に来いと言うので2本しかないネクタイのうちの一本をキュキュっと小粋に締めいそいそと出かけた。会社に着くといきなり

お腹減った?

と聞かれ、昼飯を食いにいくこととなった。はて、面接ではないのか?私は訝しんだが断るような雰囲気ではなかったのでご相伴させていただいた。たわいもない話しをしながら飯を食い、会社に戻ると

じゃあ、ほぼ内定ね。

と言われた。内定と言う言葉に私は一瞬喜んだ。ついに来たか。やっと就職活動にも一段落着く。そう思ったが次の瞬間その前の一言が気になった。

ほぼ内定、、ほぼ内定、、、ほぼ、、、ほぼ?

ほぼとは一体なんだろうか?そもそも内定にほぼもクソもあるのだろうか?疑問は正さねばならぬ。私はすかさず尋ねた。

ほぼ内定の”ほぼ”とは一体どういう意味でしょうか?

担当の方は、やはりそこを突っ込んできたか、という顔で答えてくれた。

その方曰くこういうことであるらしい。
募集をかけて集まった人の中で書類選考を通したのが50人あまり。そのうちまだ20人くらいとしか面接をしていないからここで決めちゃうとまだ面接をしていない人々に対して悪い、のだそうだ。
ま、言い分としてわからんでもない。ようは募集した側としての体裁のためにはっきりと決まりましたと言うことが出来ないのだろう。たかが体裁されど体裁である。
だが私にとっては大きな違いである。何しろ”ほぼ”内定は決して内定ではないのである。内定でないからには喜ぶことは出来ず、安心をすることが出来ず、一息つくことも出来ないのである。

以下私の妄想の中の社員の会話である。


やいやい、手前ら、この”バイト君”てぇ野郎どう思う?俺ぁ結構おもしれえんじゃねえかと思ってるんだがよ。

おれっちもおもしれえんじゃねえかと思ってまさあ。多少歳は食っちゃあいますが威勢もいいしなにより洒落がわかってる。

そうだな、野郎外国にいたにしちゃあ粋ってもんがなんだかわかってやがる。その点はいい。問題は実務に関しちゃあ未知数だてえところだな。

あっしもそこんとこに引っかかりを感じるんですよ。たしかに野郎仕事も出来そうな雰囲気はある。だが雰囲気だけじゃねえ、、、こればっかりはやってみねえとわからなねえ。仮に使えない野郎だったときあ、採用係の旦那の責任てことになりますぜ。

手前えこういう時だけ”旦那”なんていいやがって。だがお前えの言うことももっともだ。まだ面接してねえ30人の中に即戦力が混じっているかも知れねえしなあ。だがよ、せっかく自分から食いついてきたヒラメをよ、カレイかも知れねえってんで捨てっちまうってのもなあ、、、

かといって面接3回全部終わったのに結果は出せねえってのもねえ、、、野郎、俺らが捨てなくても自分から針をはずして他の餌の方に行っちまうかも知れませんぜ。

そうだなあ。じゃあよし、こういうのはどうだ?まずぁ飯を食わせろ。人間飯を食って腹いっぱいになったら恩義も感じて緊張も解けるってもんだ。そのあとこういうんだ。

”お前さん内定だよ。ほぼな”

いいか、この”ほぼ”ってところが肝だ。内定は内定でもほぼ内定だ。嘘は言ってねえ。ただし”ほぼ”がついてりゃつまりは”まだわからねえ”って事だ。わからねえってはっきり言えないときゃあ”ほぼ”とか”大筋で”とか言っときゃあいんだ。いやあ日本語って便利だなあ、しかし。

さっすが旦那、賢いっすねえ。そんじゃあ早速野郎に伝えてきまさあ。

”ほぼ”をつけんのわすれんなよ、”ほぼ”を!じゃなきゃ嘘んなる!労働基準法は守らずばなるめえ!

わっかりましたーー”ほぼ”ですねえ!


と、言うわけで果たして私は本日”ほぼ内定”をいただいた。
まだまだ続きそうな就職活動に何の変化も与えない”ほぼ内定”。言葉にだまされず、ここは一つ兜の緒を締めなおして

頑張らなくっちゃ。
今週のスゴロク具合
今週は忙しくてバイトがほとんど出来なかった、、、のでバイト君2(実は3)からバイト君へ逆戻りの私。

さて今週はなぜか面接が3つもあった。快挙である。その前の週までの約2ヶ月間たった一度しかなかった面接が今週だけで3つも。これが快哉を叫ばずにいられようものか。

というわけで結果等をご報告。


まず、これまでに応募したけれど返事も無い企業

数え切れず

返事はあったけど書類選考で不合格だった企業

数え切れず


無論本当は数えられるが、数えると悲しくなるので。しかしながらその実数もかなりの数字になる。


続いて面接を受けた企業

4社

そのうち不合格だった企業

2社


残り2社のうち1社は今日だったのでまだ合否わからず。もう一つははじめての2次面接へと進んだ。

来週はその2次面接の会社も含めて今のところ3社の面接予定がある。密かにやっていた日雇いのバイトが出来なくなるので手持ちの現金がどんどん無くなり携帯代が払えないかもしれない事態に陥っているが、いたし方あるまい。

ちなみに登録している人材紹介会社の一つから契約社員にならないかと誘われたが断った。なんとなれば、契約社員とは名ばかりの時給制で、提示された時給も恐ろしく低く設定されていた。どうやらクライアント企業として外資系を増やしたいらしく英語が使えるが暇を囲っている私を上手に使ってやろうという魂胆であったようだ。お世話になっているのであんまり悪く言いたくは無いが、提示された時給が恐ろしく低いものであったので、おそらくそういうことであろう。そんなことより私をはやく就職させて売り上げを上げるべきだと思うが、どうだろう。


というわけで今週は2,3マス進んだような気がする。


何とか今年中に”就職”という第一チェックポイントまで進みたい。


では皆さん、よい週末を。





アートな週末 その3
さて、モネや印象派の素晴らしい絵画に感動して胸がいっぱいになった私たちはお腹もすいたことだし、何か食べようと言うことになった。美術館にはカフェとレストランがあったが私は迷わずカフェを選んだ。実を言うと私は食に対する興味が薄い。美味しいものは食べたいが、それよりも安くお腹いっぱいになるほうが嬉しい。しかしながらケーキだけは特別である。お酒の飲めない私はご多分に漏れず甘いものが好きである。しかもスナック菓子の類は軽蔑し、あくまでケーキの身を愛している。件のレストランメニューにはケーキは無かったので、どちらで食事をする?と問われれば答えは当然カフェなのであった。
その日のケーキは2種類しかなかったがさすが美術館のケーキだけあってメニューに掲載されている写真からは上品な雰囲気が見て取れた。私は両方食べたかった。どうしても両方食べたかった。そんなことを考えていたメニューを眺める私の表情は友人にあっさりと読み取られ

“じゃあ、両方頼んではんぶんこしよ(はぁと)”

愛らしい友人はそう言ってくれた。

“え、いいの?やったー(はぁと)”

オヤジ乙女の私は答えた。

ケーキが運ばれてくると私は

“やー、もう、美味しそう!(はぁと)”

と、両の手を頬に当て嬌声をあげた。そんな私を友人は珍獣を見るような目つきで眺めた。
日本のケーキは甘さ控えめで非常に上品な味がする。その代わりにサイズはものすげぇ小さい。外国生活が8年続いた私にしてみればはっきり言って一口サイズである。だが一口で食べてしまうわけにはいかない。私はケーキに添えられたこれまた妙に小さいフォークで少しづついとおしむようにチョコレートケーキを食べた。
うめぇ、ぶっちぎりにうめぇ。心の中ではそう思っているのに、なぜか口から出た言葉は

やーん、お・い・し・い!(はぁと)

であった。すっかりオヤジ乙女全開となった私は友人の頼んだケーキもキャーキャー言いながら半分以上いただき大満足であった。

その後私のたっての希望もあり星の王子様美術館へも足を運んだ。星の王子様は私の心に住まう、オヤジでも乙女でもない、少年の部分の私のバイブルである。美術館に降り立った私はその瞬間オヤジでも乙女でもなくたちまち少年に変身し、心のそこから楽しんだ。

美術館を出た我々は仙石原のススキの海の絶景を眺めた。風になびくススキを見ていると心が洗われるようであった。そしてまた、乙女でもなく少年でもない30歳の現実の私に立ち戻り、頑張らなくては、と思うのであった。

帰りにはアウトレットモールにも立ち寄り、下着を購入した友人をすっかりエロオヤジに変身した私は

“オイ、どんな下着買ったんだよ、見せてみろよ。”

といやらしく迫った。


美しき絵画に身をゆだね、美味しいケーキをいただき、星の王子様と宇宙を旅し、自然の景色に心打たれ、ウィンドウショッピングで目の保養をした、大満足の週末であった。

皆様も日々ストレスのたまる生活に疲れておいでだと思う。週末はゆっくり休みたいと思うかもしれないが、時には足を伸ばしてそういった場所へ行くのも良いかと思う。心も体もリフレッシュすること請け合いである。


さあ、また頑張らなくっちゃ。
アートな週末 その2
私はオカマではないが乙女である。

私という人間は大きく分けて2つの人格に分けることが出来る。一人は普段表に出ている男の私である。生物学的な構造上の私は青春時代、男しかおらぬ学校、男しかおらぬバイト先、そして男しかおらぬ趣味の世界で形成された、まさに腕力だけが物を言うぶっちぎりの”漢”の世界で生きてきた。当然そこで生き抜くためには強い男でいなければならず、体はけして大きくは無いが一般的な同世代に比べるとかなり頑強である。
一方もう一人の私は幼少より野花を愛し、チョコレートケーキに心躍らせる乙女であった。愛読書は赤毛のアンと若草物語であり、一人の時間はめくるめく空想に胸を膨らませて過ごしていたのであった。
つまり生来は乙女の資質が高かったが、青春時代ぶっちぎりの”漢”の世界を行く抜くために形成された男の部分がその乙女な私を覆い隠していたのだが、今や無理に男を主張して生きる必要は無くなったので心の奥深くにひっそりと隠れていた乙女な私が発露することが多くなってきているのである。ただし誤解の無いように言っておくが、幸か不幸か私はオカマでもゲイでもない。せめてバイセクシャルであれば恋愛対象がいきなり倍に膨れ上がり恋人もできようというものだが、残念ながら女性しか愛せない。乙女な私も女性が好きなのだから、考えようによっては精神的バイセクシャルなのかもしれないが、その議論はあまりに深いので今回は置いておく。

さて私は先週の金曜日、いつでも呼んで良い友人の一人を伴い、もといその友人に箱根へ連れて行ってもらった。なんとなればある化粧品会社の会長の個人的な収拾物を展示した美術館で私の大好きな印象派の特別展を開催していたからである。
高校時代に絵画に目覚めた私であったが、それから10数年たった今も抽象画はわからない。リアリズムに傾倒するわけではないが、私の凡庸なる感性ではある程度視覚的なリアルさを伴っていなければ感情を傾けることが出来ないのである。又似たような理由でルネッサンス時代の宗教画の類はあまりも壮大すぎて直接心に届かない。こちらの主題は抽象画に比べると理解しやすいが、いかんせん現実感が伴わない。身も心も小市民である私には日常のちょっとした風景などを何気なく描いた作品こそ心の琴線に触れるものなのである。
当日見た絵画のすべての感想を述べると、このブログの方向性がわからなくなるので、絵画の感想についてはほんの少しだけにしておく。当美術館で私がもっとも心魅かれた作品はやはりモネの「散歩」という作品であった。3人の男女が日差しの中ただ散歩しているという、ただそれだけの作品だ。
モネの作品はなぜここまで私をひきつけるのか。私はこう考えている。モネの作品はモネだけに見えているものを描いているのではない。彼は誰もが見ている世界の美しさを、誰もが知っている世界の美しさを、ただキャンパスの上に再現しているだけなのだ。
ジブリ作品に「紅の豚」という作品がある。その作品の登場人物フィオの台詞にこんな一言がある。

綺麗、世界って本当に綺麗。

私はこの一言をもって「紅の豚」を絶賛したい。
世界は美しいのである。だが残念なことにその美しい世界は刻一刻とうつりゆき、2度と同じ姿を見せることは無い。普通の人間が絵画や写真などに自分が感動したその景色を収めようとしても、たいていの場合は失敗するのだ。
何が言いたいかと言えば、つまりモネの素晴らしさはそういった切り取ることの難しいありのままの世界の美しさをキャンパスの中に再現している点ではないか、と私は思う。また誰もが知っている美しさゆえに彼の作品は総じて「わかりやすい」のだ。私のような粗野な人間にもわかる美しさを備えているのだ。
世界のどこにでもある「散歩」の風景。そこから得られる感動は、世界の美しさを再認識させてくれる。




さて、お気づきのようにまたもはじめに書いていた事と内容がずれて、そして長くなってきたので、続きは明日に。どうして私はこう集中力散漫で完結力に乏しいのであろうか、、、
アートな週末
私は東京下町生まれの、生来が租にして野なる人物なので、そもそもアートとは無縁である。貧乏人の両親はピカソを知らず、アントニオ猪木は芸術家とも戦ったと本気で思っていた。あろうことかモハメド・アリとサルバドール・ダリを混同していたのだった。そんな両親に育てられた私は当然のごとく幼少のみぎりより、芸術なんざーお大尽の暇つぶしじゃねーか。クソの役にもたちゃしねー、と図工の時間はもっぱら睡眠に当てていた。
そんな私であったが高校3年の時にお付き合いしていた女性によってそれまで未知の物であった芸術への端緒を開かれたのであった。
忘れもしない彼女との2回目のデートは、今はなき新宿三越美術館にて開催されていた“宮沢賢治展”であった。絵画や彫刻といった芸術には何の興味も持っていなかったが文字を使った芸術、つまり文学には唯一多少の興味を抱いていた。銀河鉄道の夜は大便の友であり、風の又三郎は通学の友であった。
宮沢賢治が特別好きだったわけではないが、言葉による表現者をすべからく尊敬していた私は、まあ行ってやってもいい、くらいの気持ちで出かけたのであった。

宮沢賢治は詩人であり、小説家であり、農業指導者である。そんな彼の展覧会とは果たしてなんであろうか?まさか彼が使っていた農機具の展示会ではあるまい。新宿駅を降りた私は疑問に思っていた。文学者の展覧会といえば、展示物は当人の手稿であったり、幼き日の写真であったりと、完全なるマニアにしか受けないのが定石である。何しろ手稿は大抵汚いか古いかいずれかの理由でほとんど読めず、見た目で名が売れたわけではない文学者の若い頃の写真なんて見ても嬉しくもクソも無いのである。行ってみる気にはなったものの、はっきり言って期待はまったくしていなかった。

人生とはまこと期待通りにはいかないものである。

美術館に入って5分もしないうちに私は静かなる興奮に包まれていたのであった。展示物は宮沢賢治の作品をモチーフにした絵画や彫刻を初めとする、多種多様な表現方法を用いた芸術作品群であった。どの作品もが宮沢賢治の世界への愛を感じさせる作品であった。中でも特に私の心を打ったのは銀河鉄道の夜をモチーフとした絵画であった。我々世代の多くは少年時代に公開されたアニメ版の銀河鉄道の夜に影響を受けていて、頭の中で物語を想像するとどうしても登場人物が猫になってしまうことがある。だがその影響を、そのときの展示物は払拭してくれたのだ。
おんなじシーンを表現しても、これほどにまで異なる解釈が出来るのか、と私は感嘆せずにはいられなかった。
このときの感動を言葉で表すことが出来るほど私は文章力に長けてはいない。だがその時つないでいた彼女の手を、思わず彼女が振り解かなければならないほど無意識に強く握ってしまっていたことを思い出す。
この時の宮沢賢治展が私の芸術に対する、いやその後の10数年間を決定付けてしまったのかもしれない。



、、、ここまで読んでまたもややってしまったという気持ちになってしまった。先週末の話をするつもりがいつの間にか高校時代の思い出話になってしまった。悪い癖である。明日続きを書く。
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